2012年8月8日水曜日

鳥屋崎復興祭報告

去る8月4日。予てより告知しておりました、
宮城県亘理町鳥屋崎復興祭のお手伝いをしてまいりました。

すでにプロジェクトメンバーの杉崎庸子さんから
リアルタイム速報の記事が出ておりますので
そちらもご参照いただければと思います。
http://tohoku-hot-project.blogspot.jp/2012/08/blog-post.html

8月4日の早朝に出発し、昼少し前に到着し
以前、家電プロジェクトやストーブプロジェクトで
扇風機やストーブを届けて回った地域、
山元町~亘理町のいまの様子をぐるっと見て回りました。

復興という言葉には程遠い・・・

と、この地を目にする人は言うかも知れませんが、

震災後一年ほどは目にしなかった田畑を耕している人や、
新設のビニールハウスを組んでいる人たちがポツポツと見られ、
『家もビニールハウスもタンクもトラクターも、全てを流され
再開のモチベーションもズタズタに引き裂かれてしまった人達の
あの時の姿や表情』を思い出すと心底嬉しくなりました。

祭りの会場に来た人に聞くと
「海の潮かぶった畑もジャガイモとかネギとかは意外とそのまま
育つことが分かったんだ」とか
「ビニールハウスに新しい土を詰めた発泡スチロールの箱を
置いて、そこでイチゴ育ててるよ」とか
「来年は土30cmくらい削って新しい土をまくよ、お金かかんだけどね」とか。
 そこに暮らす人たちが試行錯誤しながら、知恵を出し、
復興を遂げようとしている姿がありました。

祭は昨年も地元の方々主体で行わました。
僕らはお手伝いという形で屋台や舞台の準備をしました。
遠くに引っ越した人も、仮設に入った人もいます。
一年に一度、もとのコミュニティーが集まって顔を合わせられるきっかけとして
このお祭りが続いていけばと願うばかりですが、

やはり実際は去年と比べると人も減ってしまったなというのが
素直な印象でした。若い人は子育ても仕事もあるからなかなか
新しい生活の場から離れられない、そんな声も聞きました。

それでも一年ぶりの元気なみなさんの姿が見られてホッとしました。

『来年は、震災前のようにやぐらを組んで盆踊りをやろう!!』
そんな地元の人たちの力強い思いに、来年も協力できればと思っています。

子供たちスイカ割り大会

地元の方々が数班に分かれて屋台の準備が進みます

流しそーめん(私が作りました(笑))

亘理町縁のハーモニカ奏者さんたち

今年もJADEさんが歌ってくれました!みんなで”翼をください”

 メインステージの看板は今回東北ほっとプロジェクトの手伝いに来てくださったハシモトさんの即興手作り!!写真からは分かりませんがペンキ、マジック、ビニールテープなどを上手に組み合わせて素敵な仕上がりに(^^)


今年もフィナーレは花火。去年より盛大に打ちあがりました。

総合プロデューサーの寺さん。慣れない司会や機材に大奮闘!お疲れ様でした。


東北ほっとプロジェクト:笠原

2012年8月5日日曜日

石巻での漁業支援活動

遅くなりましたが、7月の石巻での活動報告を致します。
7/17(火)・18(水)の2日間、ボランティア団体「一般社団法人チーム王冠」にて、漁業支援の活動(牡蠣養殖の関連)をしました。
「漁業支援」と聞いた時、最初に頭に思い浮かんだのは、ネットでよく論争になっていることでした。「他所からやってきたボランティアがタダ働きして、地元の仕事を奪っている」と。

だから、正直、最初はとても気が重かったです。

しかし、「チーム王冠の人たちが、そんなことに気づかないはずがない、支援するにはきっと理由がある。まずは自分で現場を見て、それでも納得が行かなかったら、その段階で自分の行動を考え直そう」と考えました。
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お手伝いに行った先は、石巻市内の漁師さんのAさん(仮名)宅。

中心になっているのは、息子さん(30代?)で、そのお父さんと、近所の男性が地元の人。そこにボランティアの男性2名が加わり、その5名は主に海での作業でした。

陸での作業場には、地元の女性1人と、ボランティアが私を含めて女性2名。

Aさん宅のお母さんは、身内の方が入院するというので、病院に行ったりお孫さんの送り迎えの合間に、私たちの作業に加わりました。
私たちの作業は、牡蠣の種付けのための道具作りでした。
使うのは、ホタテの貝殻と針金(2m位)とゴム製の管です。ホタテの貝の真ん中にはすでに3ミリくらいの小さな穴が開けられています。
穴の開いた貝殻とゴムの管を、針金に交互に通して行きます。80枚程の貝殻を通して出来上がり。貝の間に管を入れるのは、卵を産みつける隙間を作るため。

これを、牡蠣の産卵のタイミングを見計らって、今だ!という日にいっせいに海に沈める。
すると牡蠣の卵がホタテの貝殻1枚の片面に200個位産みつけるそうな。これが、産卵より早く海に沈めてしまうと、貝殻が汚れて卵が産みつけられないとのこと。タイミングがとても大事とのお話でした。
やり出すと無我の境地になってとても楽しかったです。それに、海の仕事なのに作業場は畑のお隣で、緑もいっぱいで、たまに吹き抜ける風がとても気持ち良かった。

海で作業している男性陣とは時々こちらの作業場にやってきたり、お昼ご飯を一緒に食べたりしました。

そうした共同作業の中で、世間話のようにしてお互いのことをいろいろ話しました。
盛り上がったのは、方言の話題。「◯◯って言葉、わがる?」、「え~~、なんだろう?」、「ヒントはね・・・」とクイズのようになったりしました。
その家のお父さんが「標準語って、疲れんだよぉ~」と困り顔で思わず漏らした言葉にみんなで大笑いしたり、、、。

「確かに、私は地元の仕事を奪っているのかもしれない(だとしたら本当に申し訳ないけど)。
でも手作業したり一緒にお昼ご飯食べたりする中で、こうやって地元の人と外からやってきたボランティアが自然に会話ができるって、素晴らしい」、と思いました。

被災した人は、自分の経験したことを聞いてもらいたいと思っています。
それは自分の気持ちを吐き出すためでもありますが、それよりも、「こんな経験、誰にもして欲しくないんだ。救える命がたくさんあったんだ」ということがひしひしと伝わって来ます。


結果的に、やはり現場をきちんと見ないと分からないことがある、やらせてもらって良かったと思いました。
そして、2日間の活動を終えて、夜のミーティングで、当初の不安も含めて正直な自分の感想を述べました。

すると、代表の伊藤さんが丁寧に説明してくださいました。
「 元々は漁師と農家とは、それぞれの繁忙期には助け合ってやってきたが、震災以降は人が減ってしまいそれができなくなった。
今回杉崎さんたちが手伝った牡蠣養殖業のお宅は、地震で家が倒れて、船も漁具もすべて流されて、それでも『自分たちは被災者の中でも軽度なほうだから』と、1年以上もずっと周囲にSOSを出せずにいた。 
一見して被害がひどいところは、分かりやすいのでワーーっと支援が入るが、同じ浜でも支援状況がまったく違う。震災以降、絆、絆と言われるけど、元々あった地元の絆が、津波でボロボロになった。

『ボランティアが地元の仕事を奪っているのでは』というのも聞くし、既存のボランティア団体も皆、『営利に繋がることはダメ』って言う。

例えば、別な地域のワカメ漁で前に問題になったのは、他のボランティア団体は、『種付けはいい、それをやってすぐに利益に繋がるかどうかは確定していないから。しかし、収穫をボランティアが手伝うのはダメ。利益を生み出すことにボランティアを投入はできない』と言って、手伝いを断ってしまう。

しかしワカメ漁では収穫のタイミングを逃したら、ワカメは溶けてしまって売れない。

津波で漁具を流されてしまい、本来は収穫に直結するので中古の道具は使わないのだけれど、資金不足から中古の道具を手直ししたり、あらたに借金もして道具を買い足して、いよいよ収穫という時に、アルバイトを募集しても人が集まらない。収穫できない!というのが現実。

(震災によって人が亡くなってしまったのと、地元に仕事がないとか子供の通学の問題などで地元を離れたことによって、働き手が減ってしまった)

確かにボランティアが手伝うのはどうなんだ、という意見も分かる。でもここで手伝わなかったら震災後初めての収穫になるかならないかのタイミングを逃して、せっかくこの1年苦労して来たことが全部ダメになる。アルバイトが集まらないなら、困っている人がSOSを出しているなら、手伝う。俺はそういう考えです。」

これでもかなり短くしているのですが、伊藤さんが被災者の方を含む多くの人の話をよくよく聞き取って自分の目で確認していることは、非常によく分かります。

ボランティアの手が足りない中で、現場の状況を見極めて、困った人のSOSに応えようとしています。

 長くなってしまいうまくまとまらないのですが、ひとまず活動報告と致します。


記:杉崎 庸子

2012年8月4日土曜日

本日開催!-亘理郡 鳥屋崎復興祭

今朝早く、当プロジェクトの笠原君と杉崎順一とその友人1名の合計3名が、宮城県亘理郡に向けて出発しました。

夕方5時からの鳥屋崎(とりやざき)の復興祭に向けて、お昼頃から準備を進めています。

彼らが戻りましたら詳細は後日ご報告するとして、まずは速報でお伝えできるところを、留守番の私、杉崎庸子が送られてきた写真でお伝えします!

亘理は、私が初めて訪れたのは震災から7か月が経過した、昨年の10月でした。

震災後2ヶ月目に初めてその被害を目の当たりにした石巻市内の景色もショックでしたが、亘理はまたちょっと違った意味でショックでした。大きな震災瓦礫は片付いていたものの、あたり一面、広大な平野が続き、「これでは津波が来ると分かっていても、高台がないからどこまでも内陸に向かって逃げなきゃいけない。逃げ切れない人がいて当然だ」と思いました。

地震により液状化した地面に車がはまってしまい動けなくなったこと、またそれにより道路をふさいでしまったことなども、後になってテレビで知りました。

震災直後は比較的報道陣が入りやすかったのでしょうか、亘理・山元の地名はよく聞きましたが、その後はあまり耳にしなくなった気がします。しかし甚大な被害を受けたのは、一目瞭然です。

そんな亘理の鳥屋崎地区の復興祭、ぜひぜひ楽しいものになりますように!

ご寄付などで応援してくださった皆様に感謝致します。
会場にパラパラと集まり始めたスタッフたち
ステージの設営開始!!
本格的な機械!!
地元の人も集まり始めました。
左端の2名が当プロジェクトの2人の模様。
オーラが全然な…ぃ、、、いえ、むにゃむにゃ・・・。
笠原大先生、流しそうめんの装置を設置中。
どうか成功しますように!!
今、16:45。
17:00からの本番に向けて、きっと慌ただしく動いている頃でしょうか。
と、書いているそばから、新しい写真が届きました!
テントも人も増えました!







ステージの後ろには復興祭の看板も



そして、流しそうめんの装置の写真も、届きたてのホヤホヤ!
制作者の笠原大先生のコメント
「 地域の皆様の知恵と力を借りてなんとか完成!流しそーめん!
  結局スパイラル1回転しかできなかった(~_~;)。  」






これがウワサの(!?)スパイラルそーめん!
事前には、グルグルのトルネード、と聞いてたのですが。(^^;)





そうめん、ちゃんと流れているそうです!!良かった!! o(≧▽≦)o




 取り急ぎ、ここで1回、アップします!


記:杉崎庸子