2014年8月8日金曜日

箱塚桜団地応急仮設住宅夏祭り2014

8/23(土)今年も宮城県名取市箱塚桜団地応急仮設住宅の
夏祭りをお手伝いさせていただくことになりました。

震災以降、4回目の夏祭り。

自治会の方々も昨年からメンバーが代わり、
年々、『住民の方々が自ら作るお祭り』
という色が強くなってきているのを嬉しく思っています。

一方で、
この非日常的な生活に未だ困難を強いられているという現状もあります。

今年は「焼きそば」と「カキ氷」に絞って屋台を出すことになりましたが、例年400食のオーダーに対し、200食分の準備をお願いされました。

これは他の場所でも言えることですが
月日が経つに連れて仮設住宅を離れる方が出てきます。
その傾向はやはり若い方に多く、結果として
仮設住宅の中で高齢化が進んでいきます。

新しい生活をスタートされる方が増えるのはよいことにも思えますが
その裏には復興公営住宅の建設や町の再建の遅れという問題もあります。

コミュニティーの高齢化はこうした
地域のつながりを大切にしたイベントにも影響を及ぼします。

箱塚の方々は皆とても元気なので、それを感じさせませんが
それでも忘れてはならない現在進行形の問題であると思います。

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さて、昨年、一昨年と多くの方々から夏祭りで配る
ソフトドリンクをご支援いただきました。
今年も200本の冷たいソフトドリンク準備したいと考えています。

ご支援いただける方がおられましたら

tohoku.h.p@gmail.com

までご連絡いただければ幸いです。
現地へ直接送っていただきたいのですが
送り先についてはメールにてお伝えさせてください。

【お願い】
※ジュースは未開封、賞味期限が2014年8月末以降のものでお願いいたします(夏祭りの開催日は8/23です)

※アルコール類は取り扱いませんのでお控えくださいますようお願いいたします。
※ある程度まとまった数量で(例えばダンボール1ケースなど)ご支援いただけると助かります。
※種類、大きさに関してはバラバラであっても構わないです。当日はビニールプールに水をはり、氷を浮かべ、好きなものを選んでもらうようにしたいと考えています。


何卒、よろしくお願い致します。

↓こちらは昨年の夏祭りの様子です。
http://tohoku-hot-project.blogspot.jp/2013_08_01_archive.html

東北ほっとプロジェクト:笠原宗一郎

2014年7月7日月曜日

「あいのり」でのボランティア参加

記 : 杉崎 庸子

被災地でのボランティアの人数が激減していることを受けて、1人でも多くのボランティアを送り込むべく、いつも連携している石巻のボランティア団体「一般社団法人 チーム王冠」を通じてリピーターに呼びかけ、自家用車2台の乗合いでボランティアに参加しました。
計画中にいつの間にか、呼び名が「あいのり」になりました。

日 程 : 6/21(土)・22(日)2日間
参加者 : 6名 (うち2名は東北ほっとプロジェクトの杉崎順一と庸子)

活動日の前日(金曜日)の深夜に東京と横浜を出発して車中泊、1泊はチーム王冠のサポートセンターでゆっくり寝たものの、22日の活動後はまた車で戻るという強行軍でしたが、皆さん「またボランティアに参加したいと思っていた」というだけあって、「熱い心と冷静な頭」を持ち合わせた方たちでした。

東北ほっとプロジェクト以外の4名の方に、今回のボランティア参加についての感想を伺いました。


◆60代男性 神奈川県在住

二か月ぶりの活動参加、今回は二日間と短期でしたが、漁業・離島支援を担当、他も被災者宅清掃・コニュニティーバス他ニーズは多く、相変わらず人手不足、活動が追いつかない状況。特に漁業は養殖の種付けに向け、わかめ・ホタテ・牡蠣・海鞘(ホヤ)等の陸上での仕掛け作りに人手が不足している。
漁村部は家屋流失が甚だしく、高台移転も遅々として進まず、造成完了した区画でも水道管引込みの見通しが立たないという状況有り、新たに家を建てる状況に至らないことも。浜に戻る人戻らない人等働き手の未通しが難しく、まだまだボランティアの手助けを必要としている漁業関係者は沢山居ます。
被災地の風景は復興に向け日々進んで見えますが、一方で被災当初の家屋に修復もできず住続けている方々も多い状況です。
あの人の手伝いも、この人の手助けも・・・。なれど人手がない為、手助け出来ないもどかしさを改めて痛切に感じた二日間でした。


◆40代男性 東京都在住

「被災者の方のお役に立てることがまだまだある。被災地はボランティアを必要としている。」

今回1年振りにボランティアに参加して、率直に感じた感想です。
チーム王冠を通じてのボランティアは、身体を動かす「仕事」に近い活動が中心。今回は漁業支援という形で地元の方と一緒に作業場で活動してきました。

初めて参加したときは「これってボランティアとしてやる活動なのかな?」という戸惑いを抱いた記憶があります。でも数日活動してみることですぐに理解できました。

本来そのコミュニティにいたはずの方が、震災という出来事によりその場からいなくなってしまった。今必要とされているのは、元々はそのコミュニティの中でまかなっていた活動を支援してくれるボランティア。
震災から3年が経ち、がれきは片づけているものの、本来、人・建物・コミュニティがあった場所が、津波のために何もなくなってしまっている現状を目の当たりにする。
今は笑顔で生活している地元の方が、作業中にふと被災したときの状況や今の苦労を語りはじめる。

「現地の人のために」ボランティア活動を行うことが、「自分のため」の貴重な体験になっていて、これからも参加していきたいと思っています。



◆30代男性 東京都在住

これから被災地に行くあなたへ

滅茶苦茶に破壊された学校、沢山の名が刻まれた慰霊碑を目にすると、津波の恐ろしさ、愛する家族や親しい友人を失った人達の悲痛な思いが、TV報道にはない圧倒的なリアリティーを持って襲いかかってきます。自分の目で見て、場の空気を感じることの大切さを身に染みて感じる事が出来ます。

震災から三年が経過しましたが、震災で失ったモノを自力で取り戻すことが困難な方々がまだまだ沢山います。むしろ、たった三年では元になんか戻せません。

私は津波で数千万円規模の損失を被った宮城県石巻の漁師を訪問し、漁具作成や作業場修復のお手伝いをしました。回復にお金をかける余裕がないにも関わらず、遠く離れた福島原発の風評被害で売上が減少し、現状維持すらままなりません。それでも必死に前に進む姿を目にして、また来ようと思いを新たにしました。

難しく考える必要はありません。あなたに出来ることが必ずあります。私達と一緒に復興のお手伝いをしませんか?


◆20代男性 東京都在住

6月21,22日のチーム王冠でのボランティア活動を終えて

自分が初めてチーム王冠でボランティアに参加させていただいたのは、2013年9月のことで、今回約1年ぶりに活動させていただきました。
今回の活動を通して最も感じたことは、1年という時間が過ぎたのにもかかわらず、前回と比べてどこがどう進展したのかが分かりにくいほど復興が遅々として滞っているということです。このような状況になってしまうのは、やらなければならないことが元々膨大にあるということはもちろんのこと、ボランティア参加者が激減しているということにも原因があると思います。限られた人手では、いくら時間があっても状況を著しく改善するのは難しいでしょう。

かくいう自分も、この1年間で現地に対する関心が鈍くなっていました。それはきっと自分にはいつもと変わらない日常があるために、日常生活を取り戻すことが難しい人がどこかにいるという実感がなくなっていくからだと思います。
この感覚を皆で共有するために、今こそ少しでも多くの人が現地に足を運ぶことが大切なのだと思います。

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今回の「あいのり」は、初めての試みということでリピーターボランティアの方を中心に呼びかけましたが、今後機会があれば、ボランティア初心者の方も参加していただきたいと思っています。

「ボランティアに参加してみたいが、何となく不安、自信がない」とか、何か聞きたいことなどありましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。
東北ほっとプロジェクト mail : tohoku.h.p@gmail.com
杉崎庸子 mail : sugisaki@shichiya.biz




2014年5月4日日曜日

ホヤ養殖のお手伝い

記 : 杉崎 庸子

前回、夫の杉崎順一が活動報告を書いたのと同じ浜に、4/30(水)に行ってきました。
東京の大学生S君(秋田出身)も同行。チーム王冠への参加は初めてながら、震災後、南三陸にボランティアに行ったことはあるとのことです。とても実直で誠実な青年で、頼もしかったです。 

私自身は、この浜は2月に続いて2回目です。作業内容は2月と同じなので、比較的スムーズに作業に入れました。

ホヤの卵を海中で付着させるのは牡蠣の貝殻。穴を開けた牡蠣の貝殻をできるだけたくさんロープに通して行きます。その際、貝殻についているフジツボはナタでこそげ落とします。(フジツボに付着したホヤの卵は脱落しやすいため)
 
 
 

この浜に限らず、漁業の収穫物はキロとかトンという単位での取引なので、この貝殻付きロープも大量に(おそらく何千本)作らねばなりません。でも黙々と作業しても、1日で2人で30本くらいしかできません。
大量に仕入れた牡蠣の貝殻から使えるものを選び出し、穴を開け、ロープに通す、、、ホヤ養殖の陸での作業のほんの一部分でもこれだけの手間がかかります。
通年でこの作業を続けて、次の種付けまでに殻つきロープを準備します。
 

こちらの漁師さんは、元々はホタテの養殖をやっていました。ホタテの方がホヤよりも出荷できるまでの期間が短く、現金収入の時期は早いのですが、初期費用がホタテよりも少なくて済むという理由で、震災後からホヤの養殖を始めました。ホヤは、通常、出荷までに3年かかると言われています。 

手前はロープに通した貝殻の山。
分かりにくいですが、画面左上の木から垂れ下がっている丸いウキのところまで、津波が来たという印です。
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漁師さんご夫妻のお話から


「今年は出荷はできないだろうと思っていたが、思いのほかホヤの生育がよく、出荷することができて、本当に良かった。ホッとした。震災で海がきれいになって生育も良いようだ。」

 「ホヤの天敵はウニ。津波でウニが全部さらわれて、ホヤが育ちやすい環境になった。震災前は天然のホヤは見なかったが、今年は岸壁にびっしりくっついている。」

「ホヤの主な出荷先は韓国のはずだった。ホヤとキムチを混ぜて食べるのが、韓国の人は大好き。でも昨年の秋から、韓国は東北からの輸入を止めたから、大量の出荷先がなくなったのが痛手。」
【注】 事実上の政治的な理由から、韓国では東北を含む8県からのすべての水産物の輸入を制限(昨年9月)。
  水産庁HP 「韓国による日本産水産物の輸入規制強化について」

 
「2月に泥棒に入られた。物置のテント小屋を3か所破って、草刈り機とか夏用のタイヤとか、新しくて転売できそうなものばかり持って行かれた。道路に面したところに防犯カメラもあるが、事前にその電源コードも切ってあった。別の日には、近くのガソリンスタンドにも空き巣が入った。」

「何とかやってこられたのもボランティアさんのおかげ。以前はここに住んでいた人も、今は内陸の仮設にいるから、年配の人は通えない。
私(奥さん)も、みなし仮設に住んでいる。時々気持ちが塞がって外に出たくないなと思うこともあるけど、『きょうはボランティアさんが来てくれるから行かないと』と思って、来る。来ればやっぱり浜の空気は良い。気分がスッキリするの。」
 
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「海のパイナップル」、ホヤ。
「ホヤ貝」と言いながら、外の殻は通常の貝のようにカチカチではなく、ゴムか樹脂のよう。
そして根っこのようなものまである、不思議な生き物です。



 
私たち夫婦が夜中に移動して、横浜から日帰りしていることなどを覚えていてくださって、奥さんは「ありがとね、申し訳ないねぇ」とねぎらってくださいました。
でも、地元のボランティア団体(チーム王冠)が継続的にかかわっているおかげで、私のように会うのがまだ2回目でも、親しみを持っておつき合いすることができます。(いや、でもまだまだ遠慮されますが。)
たまにしか行かれませんが、日々の生活に寄り添うようなお手伝いを今後もして行きたいと思いました。

 
※ 「自分もボランティアやってみようかな」と思った方、ぜひ来てください。初めての方でもできることはたくさんあります。ご質問はお気軽にどうぞ。