2012年10月4日木曜日

【活動報告】 コミュニティー支援「お茶っこバス」

9月29日(土)、石巻市内でコミュニティー支援活動を行いました。

石巻を中心に宮城県内で、主に自宅で生活する被災者を対象に包括的な支援を続けている、一般社団法人「チーム王冠」に協力する活動です。「お茶っこバス」については5月の記事を参照願います。

今回はお茶っこバスの最中に聞けた被災者のお話から、一部ご紹介します。


<半分以下になった地域住民>

石巻市内の住宅街。石巻港から直線で数百メートルにあり、震災以前は住宅が立ち並んでいただろうことは容易に想像できますが、現在は櫛の歯が抜けたように空地が目立ち、雑草が茂っています。
お話しを聞けたのは70代の男性で、3.11の当日はご自宅の1階部分がすべて(天井まで)水没。2階の床も濡れてしまうくらい津波が上がってきたそうです。家の外壁には水の跡がまだくっきり残っていました。

「このあたりにお住まいの方は、以前に比べてどのくらい減ってしまったのですか?」
「震災までは、例えば回覧板を回す範囲でも30人くらいいたと思うが、今は7~8人しかいない。津波で亡くなった方ももちろん沢山いるし、後日病気で亡くなった人もいる。あとは仮設住宅や別の場所に移り住んでしまった。」
「いま空地になっているところも以前は家があったようですが、家を建て直して戻る人は?」
「ここは新しく道路が建設される場所になっているから、新しく家は建てられないよ。だから出ていく人はいても、戻ったりすることはないね。減る一方さ。」

石巻市役所は防災計画を加味した新しい街作りのための青写真を既に発表しています。これによると海岸線に近い部分に新しい道路を建設することになっています。この一帯はその建設予定地に指定されていました。
したがって新しく家を建てることはできず、今住んでいる人も国なり県に土地を売り、離れることになります。

しかしながら道路建設のための用地買収はほとんど進んでいないようで、男性も、「設計図ができただけでその後は全然話がないねぇ」と言っていました。実際、津波で壊れた塀も修理せずにそのままになっていて「直すつもりはない」とのことです。

この地域は新しい道路建設予定地という、ほかの地域とは違った事情があるので、復旧はあっても街の復興はないようです。
用地買収が進めば新しい土地に移り住むことになると思いますが、一筋縄ではいかず、最低限修理した家屋にいつまで住むことになるのかご本人にもわからず、人が減って寂しくなった土地にしばらく住み続けることになりそうです。
震災を忘れることはまだしばらくできないと思われます。


<冠水や泥だらけ道路に悩む日常>

前述とは別の場所。同じ石巻市内ですが、万石浦というカキ養殖で有名な入江の近くです。
この一帯は震災による地盤沈下が激しく、一説には1メートル以上沈下したといわれています。

石巻市は地盤沈下で悩む土地が多く、例えば市内を流れる旧北上川沿岸では浸水のため避難勧告が度々出ます。事実、活動した後日も台風17号が接近し避難勧告が出されました。

さて万石浦に近いところも地盤沈下や津波で壊されたアスファルトの修復が進まず、地図にはあっても通行不可能な生活道路があります。少量の雨でもデコボコの道路は泥だらけで歩くのにためらいますし、例えばセニアカーを使うお年寄りは非常に難儀する道路です。
また住宅街にもかかわらず街灯がまだ普及せず、日没後は懐中電灯なしには出歩けません。この日訪れたのは夕方6時過ぎでしたが、お茶っこに集まっていただいた皆さんはライト持参でした。

道路の修復の予定はないのですか、と聞いてみたところ、「まだしばらく直らないと思うよ」とのことでした。
地盤沈下は被災地が今も抱える震災の爪痕で、根本的な対策が進まない限り今後も大雨の度に冠水に警戒しなければなりません。


被災地が抱えるインフラ整備の遅れはメディアの報道でも紹介されることが少なく、被災地外にいると「おおかた元通りになったのだろう」と誤解しがちです。
しかし生活道路の復旧すらままならなず、とても不便な日常生活を強いられる場所は珍しくありません。全ての人が仮設住宅に入居できるわけでも、新しい土地に移り住めるわけでもありません。不便を承知で住み続けなければいけない人たちは、まだまだ支援を必要としています。

報告:杉崎順一
活動日:平成24年9月29日
場所:宮城県石巻市

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